時代への視点  
第175号
 稲城市長石川 良一

伝統としての「型」を生かす ('07,05,01)

 『「型」から入ろう 美しい日本』をテーマにしたフォーラムが、構想日本(独立で非営利の政治・経済の専門家集団)の主催で行われました。日本の伝統美やその技を現代にどのように生かし、継承していくのかという、私にとっても重要なテーマなので、出席してみました。
 筝(こと)、禅、三味線、笛というジャンルで日本の伝統を守っている4人が登場しました。まず生田流筝曲(そうきょく)の榎戸(えのきど)二幸(ふゆき)さんの素晴らしい筝演奏から始まりました。榎戸さんは、三歳から大叔母の小橋幹子〔元東京藝術(げいじゅつ)大学教授〕に師事したとのことでした。稽古(けいこ)は、5時間待って10分教わる毎日だったそうです。しかも正座して先輩たちの稽古を見ているだけの時間に多くが費やされました。次の対本(つしもと)宗訓(そうくん)さんは、京都大学の哲学科を卒業後、15年間禅僧の修行を積み、7年前から大学の医学部で勉強中という異色の経歴の持ち主。禅の修行道場は、頭を丸めることや服装や作法を含め、「型」で生きてきたと。佛道(ぶつどう)修行の最初の3年間は、理不尽なことの中に理があることを理解できなかったと。続いて鶴澤(つるざわ)寛也(かんや)女流義太夫三味線奏者と、福原(ふくはら)洋音(ひろね)福原流笛奏者は、演奏技術云々(うんぬん)の前に先生や先輩に対する礼儀作法が絶対的に優先されるとのこと。三味線や笛にも「型」はあるが、その中で自由に動けるということでした。
 これら現代に伝統を継承しようとする人々にみられる特徴は、次の2点です。
 1 入門した順位などで先輩後輩関係が明確にあり、礼儀もこの関係に従っており、師匠との関係は絶対的である。
 2 教えてもらうというより、時間をかけて見聞きして身体に師匠の「型」を叩(たた)き込み、「型」が出来てはじめて個性はあふれ出るもの。
 日本では、倫理を心や身体の「型」で表す文化を、長い歴史の中で育んできました。ですから、だらしのない姿は、そのままだらしのない心を表すと見なします。親と子に始まる社会的役割とは、一種の演ずべき「型」と言えます。「型」をおろそかにすれば、社会的役割も弱体化します。現代は「型」から自由になることばかりに執心し、「型」を風化・喪失しつつあると同時に、倫理も喪失しつつあります。
 守り残さなければならない「型」を、再構築する必要を強く感じます。
 

時代への視点 No,175('07,05,01) 


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