時代への視点  
第156号
 稲城市長石川 良一

岩倉使節団「米欧回覧実記」から現代を問う ('05,10,01)

 今から134年前の明治4年(1871年)、明治維新の元勲、右大臣岩倉具視を特命全権大使とし、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文らと、まだ8歳になったばかりの津田梅をはじめとする留学生を含め、100人を超える一行が横浜港を出帆しました。当初9カ月程の旅程でしたが、635日に及ぶ米国・欧州への旅となりました。
 明治新政府が出来たばかりの内外不安定な時期に、新政府の中心メンバーが2年近くにわたって国を留守にしてまで果たそうとした旅の目的は三つありました。
 一つは、すでに14カ国と修好通商条約を結んでおり、条約国に新政府の承認のための挨拶の必要があったこと。
 二つ目は、不平等条約の解消を図りたかったこと(ただし、米国滞在の途中で断念)。
 三つ目は、日本の近代化のモデルを求めたことです。最初に海外視察のアイデアを出したのは、佐賀藩お雇いのオランダ系米国人のフルベッキが大隈重信に進言したのがきっかけと言われています。
 米欧回覧実記は全5巻の大著で、公式訪問した12カ国の政治、経済、社会、軍事を中心に、訪問した自治体は100、工場は150を超え、技術説明に始まり上下水道、交通、公園、道路、博物館、動物園、学校等々ありとあらゆることを書き記した見聞録となっています。佐賀藩の久米邦武が帰国後の1878年に刊行したもので、総じて40年の遅れをどのように取り戻し、米欧と肩を並べられるようになるのかという明治人の熱い思いがほとばしっています。しかも久米は、「西欧は利の国、東洋は徳の国」と言っているように、すべて欧米が優れていると断じているわけではありません。また、この回覧実記は、海外の歴史家にとっても19世紀後半の世相を知る貴重な資料として評価されています。
 このたび回覧実記の現代語訳が、水澤周氏らによって慶応義塾大学出版会から発刊されました。水澤氏は町田市民でもあることから、東京都市長会の今夏の研修会で講演をしていただきました。
 今、我が国の行くべき道筋が見えなくなっています。訳者の水澤氏は、「アイデンティティーとは、志とか心意気と訳すべきです。明治人の志は高かったのです」と。この“高い志”が現代に最も欠けているように私には思えてなりません。
 

時代への視点 No,156('05,10,01) 


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