時代への視点  
第150号
 稲城市長石川 良一

炎の指揮者 小林研一郎氏のコンサートに感動 ('05,04,01)

 この度稲城市の平和コンサートに、東京芸術大学教授でハンガリー国立フィル・日本フィルの常任指揮者として、まさに世界を舞台に活躍している炎の指揮者小林研一郎氏と、声楽家で妹の一ノ関佑子さんのミニコンサートが実現しました。
 稲城市の姉妹都市である女満別町は、「花と音楽のまち」を街づくりの目標に掲げ、平成14年まで20回にわたりオホーツク音楽セミナーを開催し、小林氏が「指揮法」の指導をするという縁もありました。
 小林氏は、9歳の頃初めてクラシック音楽を聴いた時、涙が止まらなくなるほど全身に感動を覚えたそうです。そして天啓のごとく自分は美しい音楽を創る作曲家になることを決意したそうです。教育者だった父親は音楽に接することを厳しく禁じ、五線譜を破られたり、井戸に吊るされたりもしたそうです。
 しかし音楽への想いは止みがたく、真夜中に月明かりで楽譜を書いたり、学校にもぐりこんで一人暗闇でピアノを弾いたりしたそうです(親に禁じられたことがかえって音楽への情熱を強くしたそうです)。親も抗しきれず、大学は東京芸大の作曲科に入りました。
 卒業後もう一度芸大の指揮科に入り直したため、卒業時は既に29歳となっており、新人指揮者としては限界に近いところからのスタートとなりました。
 1974年34歳の時、ラストチャンスと思って挑んだブダペスト国際指揮者コンクールで、優勝したのが世に出るきっかけとなりました。このコンテストも実は締め切りを過ぎてからの申し込みで、1カ月足らずで60曲覚えねばならない厳しいものだったそうです。
 妹さんの一ノ関さんは、「両親が教員で忙しかったので、兄がよく物語を聞かせてくれて、優しい人でした」とお話されましたが、小林氏は話も魅力的で、妹さんの歌唱とお兄さんのピアノのデュエットも聞かせていただき、平和への祈りをささげながら、音楽と語らいの2時間はあっという間に過ぎていきました。
 実は、稲城の若葉台小学校と第六中学校の校歌は小林先生に作曲していただきました。
 「若葉台駅前の新文化センターのホールがオープンする時は小林先生と日本フィルをぜひ、お招きしたい」と強く思いました。
 

時代への視点 No,150('05,04,01) 


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